氏名商標の出願戦略|氏名は訴求力の強い最も個性的な商標です
前回マツモトキヨシ音商標に関する知的財産高等裁判所の判例を紹介しました。本稿では、この判例などを参考にして氏名を含む商標を商標登録出願する際に検討すべきことを紹介します。
Table of Contents
1.同姓同名の他人を検索
同姓同名の他人が存在しない場合や、同姓同名の人がいてもその他人の承諾を得ている場合は、登録されます(商標法4条1項第8号カッコ書)。
よって、氏名を含む商標を商標登録したい場合は、同姓同名の他人が存在するか否かを調べ、存在する場合にはその他人の承諾を得ることが必要となります。
しかしながら、私達はもとより、審査を行う特許庁も、日本中の戸籍を調べることは困難です。それゆえ特許庁は、現実的方法として電話帳(ハローページ)で同姓同名の他人の存否を調べているようです。
例えば、電話帳に同姓同名の人が一人も載っていなければ、同姓同名の他人が存在しないと推定します。同姓同名の人が複数載っているが、そのすべての人の同意書が提出されていれば、同姓同名の他人の承諾を得ているものと推定します。
このようにして商標法4条1項第8号についての審査が行われているようですが、この実情からして、氏名を含む商標を商標登録出願しようとするときは、同姓同名の他人がいるかどうかを電話帳で事前にサーチしてみることをお勧めできます。
ただし、極めて珍しい姓や名の方は、同姓同名の他人がいない可能性が高いので、事前調査の労力を省いて、できるだけ早く出願するのがよいでしょう。先願主義だからです。なお、極めて珍しい姓としては、例えば女優の剛力彩芽さん、漫才コンビ銀シャリの鰻和弘さんなどが挙げられます。
同姓同名の他人が電話帳で発見されず、他に拒絶理由がない場合には、商標登録されることになりますが、登録されてしまえば、もう安心かというと、そうではありません。当然なことですが、電話帳には載っていない、同姓同名の人が存在する場合があるからです。
このような場合、同姓同名の他人は、承諾を得ていない同姓同名の他人が存在していたことを理由として、登録異議申し立て(商標法43条の2)や、商標登録の無効審判(商標法46条)を請求することができます。よって、事後的にその商標登録が取り消し又は無効になる可能性があります。
しかし、この無効理由は、商標登録から5年間ですので、5年間は過剰に目立たないようにしましょう。5年を過ぎれば、もう安心です(商標法第47条1項)。
2.使用する文字等との関係
漢字表記では漢字が違うため「同姓同名」とされない場合であっても、カタカナ・ひらがな・英文字で表記した場合には、同姓同名となってしまうことがあります。
よって、カタカナ等の使用を考えている場合には、同姓同名となり得る漢字表記の氏名についても検索しておくのがよいでしょう。
また、氏名を含む商標であっても、どのようなスタイルの文字を使うのか等により、商標のイメージが変わり、登録可能になることがあります。
すなわち、その商標の言語的要素である漢字、カタカナ、ひらがな、英文字の使い方、使用するフォントの使い方、等を工夫することにより、多くの人がその商標を見たとき、氏名以外の何かをイメージさせることができれば、商標登録される可能性が高まります。
つまり、氏名以外の何かをイメージさせる工夫により、氏名を含む商標を登録に導ける可能性が生まれます。このようになるような工夫をしましょう。
卑近な例ですが、「あんドウナツ」という表記は、多くの人があんこの入ったドーナツをイメージするので、お笑いコンビメイプル超合金の「安藤なつ」という氏名を含んだ商標であるとは認識されないと思います。それゆえ、「あんドウナツ」は、指定商品「菓子及びパン」以外の指定商品について、商標登録される可能性があります。
しかしながら、「あんドウナツ」を「菓子及びパン」を指定商品として商標出願したときは、拒絶されるでしょう。「あんドーナツ」は、あんこの入ったドーナツの普通名称を普通に用いられる方法で表示する標章であるからです(商標法3条1項第3号、4条1項第16号)。
また、芸名である「安藤なつ」が著名である場合、「安藤なつ」を他人が商標出願したときは、拒絶されるでしょう。他人の著名な芸名は、商標法4条1項8号に該当するからです。
3.商標の周知性との関係
商標の周知性は、氏名を含む商標の登録性にどのように影響するのかを考えます。
商標法では、ありふれた氏又は名称からなる商標であっても、周知性を獲得していれば登録されます(商標法3条1項第4号及び同2項)。例えばトヨタ、ホンダなどがそうです。
しかし、他人の肖像、氏名、名称等は、周知著名であるか否かにかかわりなく、拒絶されることになります。商標法4条1項第8号は、個々人の人格を保護する規定なので、周知著名であるか否かにかかわりなく適用されるからです。
ところが、前回記述した知財高裁の判決(令和2年行ケ第10126号)では、「マツモトキヨシ」はドラッグストアとして著名であり、音商標の音を聞いた場合に、多くの人は「まつもときよし」という姓名の人物ではなくドラッグストアをイメージする、と認定し、マツモトキヨシの音商標は「他人の氏名」を含む商標に当たらないと判示しています。
この判決は、「マツモトキヨシ」はドラッグストアとして既に著名になっているので、他人の氏名を含まなくなっている、といっているように読めます。当初は氏名であった「マツモトキヨシ」が、その後の商標的使用により著名になると(少なくとも小売業やサービス業での使用においては)、氏名を含まない商標になると読めます。
そうとすると、当該「マツモトキヨシ」さん以外の他人であるマツモトキヨシさんが存在し、その人が「マツモトキヨシは以前も今も私の氏名なんですがねぇ・・」と不満をもった場合、商標法4条1項第8号の法趣旨との関係をどう説明すればよいのでしょうか。といいたくなります。
しかし、この判決は既に確定しています。よって今後はこの判決にしたがって考えるのが正しい考え方であるといえます。
ということで、今後は商標法4条1項第8号の規定をガチガチに考えるのはやめましょう。氏名等を含む商標を商標登録したいと思ったときは、「氏名イメージ」を「識別標識イメージ」に転換させるブランド戦略を実行しましょう。多くの人が氏名ではなく特定のブランドをイメージするようになれば、その氏名を含む商標が登録されるようになると思えるからです。
蛇足です。商標審査基準によると、「商標が、需要者に歌手名又は音楽グループ名として広く認識されている場合は、その商標はその商品の「品質」を表示するものと判断する。」とされています。よって、広く認識されている歌手名等を商品「録音済みの磁気テープ」、「録音済みのコンパクトディスク」、「レコード」について出願した場合は、拒絶されます。
4.むすび
氏名は身近な存在であるので、氏名を含む商標は親近感のある訴求力の強い商標となります。自分の氏名は、自分を他者と区別する識別標識として機能するものです。
よって、自分の氏名を含む商標は、自分にとってかけがえのないものなので、自己重要感の源泉、ビジネスの推進力となります。
しかし、氏名は同姓同名の他者にとっても大切なものなので、同姓同名の他者がいる限り、自分の氏名だからといって、独り占めすることはできません。
それゆえ、氏名を含む商標の登録は、難しいのですが、「マツモトキヨシ」商標にかかる知財高裁の判決から、氏名を含む商標を登録する方法が見えてきたように思います。
どうしても自分の氏名を含む商標を権利化したいとお考えの方は、ブランド戦略の実行により、「氏名イメージ」を「識別標識イメージ」に転換させればよいのです。
このハードルは決して低くはないのですが、全員がそのようにイメージするようにする必要はなく、多数の人がそのようにイメージするようにすればよいのです。