渾身の思いを込めて商標を創り、商標登録して守る/カレーでインドに進出

カレーを持つ女性

 

 

 

《初めて海外進出する企業が知っておくべきこと/商標のいろは-4》

 1.「カレーハウスCoCo壱番屋」の事例で考える

本稿は、初めて海外進出する企業が知っておくべきこと/商標のいろは・・・-4として、株式会社壱番屋を取り上げます。

この会社の「カレーハウスCoCo壱番屋」という商標は、創業者が渾身の思いを込めて創った商標であると思います。

渾身の思いを込めて商標を創り、これを商標登録して公に自分(自社)のものとし、この商標に込めた思いを、日々大切にして仕事に励み、自社ビジネスを拡大していく。このように機能する商標は素晴らしい商標ですね。このようにありたいものです。

しかしながら、この熱い思いが日本語で表されている場合は、日本語のわからない外国人にはこの意味を理解することができません。

それゆえ、自社ビジネスを海外に展開する場合には、この商標をどうするのかという問題が生じます。(参考;https://www.ipfrontier.co.jp/trademark-rights-overseas/

ということで、本稿では株式会社壱番屋の海外展開における商標戦略、ブランド戦略について考えてみます。

2.株式会社壱番屋の海外展開における商標戦略、ブランド戦略

株式会社壱番屋は、カレー専門店「カレーハウスCoCo壱番屋」の店舗運営及びフランチャイズ展開等を行っている大手のカレー専門店チェーン会社です。その社是は「ニコニコ・キビキビ・ハキハキ」であり、経営目標に「会社にかかわるすべての人々と幸福感を共有すること」を掲げるユニークな会社です。

   (参考;https://www.ichibanya.co.jp/comp/info/ideology/

ところで、株式会社壱番屋は、既に米国、中国、韓国、タイ、シンガポールなどに進出しています。2020年8月3日には、なんとカレーの本場インドに進出したそうです。

日本国では、カレーには牛肉や豚肉、又はこれらのうま味成分を入れるのが普通です。しかしインドでは宗教上の理由で牛肉や豚肉を食べることができない人が多いので、「カレーハウスCoCo壱番屋」では、これらの食材を他の食材(羊、鶏、豆類など)に変えているそうです。

食文化は、その国の気候・風土、宗教、文化を色濃く反映し形成されているので、その国の食文化に合わせ、食材や味付けをある程度変化させるのは当然なことです。

しかしながら、素人の素朴な疑問ですが、鳥獣類の肉はそれぞれが独特のうまみをもっているので、これがカレーの味に影響を与えるのではないでしょうか。

牛や豚の肉を他の食材に変えると、カレーの味や食感が変ってしまうのではないのでしょうか。

また「食」における食感や味は、その「食」のブランドイメージの一部を構成しています。よって食感や味を決定付ける「食材」を変えると、そのブランドイメージが変わるのではないでしょうか。ちょっと心配になります。

このことを卑近な例で説明します。日本国でCoCo壱番屋のカレーを食べたことのある人がインドに旅行に行き、「カレーハウスCoCo壱番屋」の看板を見つけます。そこで日本で食べたCoCo壱番屋のカレーを思い出し、その味を味わいたいと思ってカレーを注文します。

しかし、その店で出されたカレーが、あのCoCo壱番屋のカレー味(ジャパニーズカレー味)ではなく、インドカレー味であったとすると、“これは「CoCo壱番屋のカレー」ではない”と感じるでしょう。

この場合、「カレーハウスCoCo壱番屋」のブランドイメージはどうなるのでしょうか。

カレー1
カレー2

画像のカレーはカレーハウスCoCo壱番屋とは関係ありません

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3.従前のブランドイメージと現地化とのせめぎ合い

〔 CoCo壱番屋の強みをインドでどう生かすのか〕

コカ・コーラボトラーズのコークやマクドナルドのハンバーガーなどは、世界中のどこでも概ね同じ容器、味、食べ方、店舗形態などを保持しています。

サービス業においては、すべての店舗において、店舗形状、包装容器、客との接し方、味、食べ方などの点に共通性を持たせています。こうすることにより、ブランドイメージをつくります。これがサービス業におけるブランド戦略の基本です。

サービスの内容を宣伝広告するだけでは、ブランドは育ちませんし、店舗形態や包装容器、客との接し方、味、食べ方などが、店ごとで違うと、同一の商標が使われていても、同一のブランドイメージを形成できないからです。

特に直接的感覚的に認知する「店舗形態」や「味」は、簡単に変えないということが重要だろうと思われます。

しかしてカレーハウスCoCo壱番屋は、インドにおいても、粒の長いインディカ米ではなく、粒の短いジャポニカ米を使用しているそうです。またカレーソースは、日本から輸出するなどしているそうです。インドでは、一部異なる食材を使用するものの、カレーハウスCoCo壱番屋が磨いてきたジャパニーズカレーの「味」を大切にしようとしているからでしょう。

更に、手で食事をすることが多いインドにおいても、スプーンで食べる日本式のスタイルを守り、更にまた日本と同様に、好みの辛さを選べるシステムや、トッピングシステムを採用しているようです。

つまり、カレーハウスCoCo壱番屋は、宗教上の理由から食材は変更しているものの、その他のカレーの基本的な部分(カレーソース、コメ、スプーンを使う食べ方、トッピング、好みの辛さ)は日本と同様にして、ブランドイメージを守ろうとしていると言えます。

4.「CoCo壱番屋」はインドの食文化を変えることができるのでしょうか

カレーハウスCoCo壱番屋の上記作戦は、カレー発祥の地のインドにCoCo壱番屋が培ってきたジャパニーズカレーの「味」と「食べ方」を定着させようとする作戦です。

この作戦が成功すると、インドの食文化食のスタイルが徐々に変わる可能性があります。

[CURRY HOUSE CoCoICHIBANYA]はインドの人々に、“カレーは[CoCoICHIBANYA]が一番おいしい”と広く認知してもらうことができるのでしょうか。

ジャパニーズスタイルのカレーは、インドのカレー文化に溶け込み、インドの食文化を変えることができるのでしょうか。

それとも単なる新しいカレー風の食べ物としてインドの特定の階層の人々に支持されるだけなのでしょうか。

もしCoCo壱番屋が、カレーの本場インドで大成功すれば、日本風の「食」が海外進出する場合における頼もしい成功例となるでしょう。

その手法は海外進出モデルとして、他のビジネスにも応用できる教訓となるでしょう。

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5.株式会社壱番屋の商標登録の歴史

以下に株式会社壱番屋の商標履歴を記述します。これらの商標を参照しながら、「熱い思いを込めて商標を創り、商標登録して守る」という観点から株式会社壱番屋の商標戦略について考えてみます。

株式会社壱番屋が今日までに取得している日本国における主要な登録商標は、下記のとおりです。 

         ①登録第3001757/(出願日1992年8月20日)

商標1

         ②登録第3185517/(出願日1992年8月20日)

商標2

         ③登録第4045350/(出願日1994年5月2日)

商標3

         ④登録第4749126/(出願日2003年5月2日)

商標4

         ⑤登録第4890856/(出願日2004年12月6日)

商標5


         ➅ 登録第5472209/(出願日2011年8月24日)

商標6

 

          ⑦登録第5509379/(出願日2011年12月27日)

商標7

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また外国における主要な商標登録としては、下記の2つがアメリカやインド(及び日本)で取得されています。
                      

 漢字表記商標 

商標8

 ローマ字表記商標

商標9

上記左の漢字表記商標について見ると、日本国への出願日が2004年12月6日(登録第4890856)であるのに対し、インドへの出願日は2009年3月24日(登録第1159665)、アメリカへの出願日は2009年4月1日と5年ほどの時間差があります。

他方、上記右のローマ字表記商標の日本国への出願日は2011年8月24日(登録第5472209)であり、インドへの出願日は2011年12月7日(登録第1701969)、アメリカへの出願日は2013年5月16日です。

株式会社壱番屋のインド進出は2020年8月3日なので、株式会社壱番屋はインドに最初に商標出願してから、約11年後に、実際にインドへの進出を果たしたことになります。

また、上記左の漢字表記商標と、上記右のローマ字表記商標とは、「イチバンヤ」という読みの部分を漢字表記しているか、ローマ字表記しているのかという違いがあるのみですが、両者の出願日には、約7年の時間差があります。

これは海外展開の進展とともに、ローマ字表記した商標の必要性が高まってきたからだと思われます。

このことは、最初の進出先であるハワイ、中国、台湾、韓国、タイ、香港の店舗では、漢字表記の壱番屋を使用し、その後、アメリカ本土、英国、インドネシア・シンガポールなどの東南アジアに進出し、ローマ字表記のICHIBANYAを使用し、インドでも店舗外観にローマ字表記のICHIBANYAを使用するなどの展開履歴から推測されますが、事業展開に合わせて商標を変化させることはよくあることです。

しかし、株式会社壱番屋は、カレーの容器については、全世界で漢字入りの商標を使用しているようです。創業の原点である「壱番屋」という日本語商標をカレー容器に残すことにより、創業の原点を大切にしているように思えます。

他方、店舗の外観には現地の人にもわかりやすいローマ字表記の「ICHIBANYA」称呼商標を使用する作戦のようです。

上記したように、このような使い分けは最初から意図していたものではなく、海外展開を進めていく過程でこのようになったと思われます。

インド店舗外観
(インドの店舗)

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6.日本で馴染んだ日本語を含む商標を海外でもそのまま使用すべきか否か

株式会社壱番屋が日本国に最初に商標登録出願した 商標1 や 商標2には、「カレーならここがいちばんや!」という創業以来の思い入れが端的に表現されています。

元気の出る素晴らしい商標ですが、この思いは、漢字の意味が理解できない人には全く伝わりません。

また、日本語が読めない人には、、漢字の「壱番屋」からは、”イチバンヤ”の称呼が出てきません。

つまり、「壱番屋」という要部が日本語で表されたこの商標は、外国人にはその意味がわからないし、称呼がでないという点で、商標としての機能を十分に発揮しません。

ここで、今一度商標履歴で列記した一連の商標を見ると、株式会社壱番屋は、2004年12月6日に、「カレーハウス」というカタカナ部分を英語表記とし、これに英文字入りのカレー皿とスプーンを含む図形を付加した商標を出願しています(登録第4890856)。

この商標であると、図柄から非漢字文化圏の人々にもカレーを提供するお店の商標であることがわかります。

商標8

更に株式会社壱番屋は、2011年8月24日に、商標の要部である「壱番屋」部分を「ICHIBANYA」に変更した下記商標を出願しています(登録第5472209/下記)。

この商標であると、英語圏の人々に対して、”イチバンヤ”という称呼を訴求することができます。この商標は、アメリカやインドに出願され、登録されています。

この商標は、アメリカやインド等では、店舗用に使用し、カレー容器には、漢字表記の「壱番屋」を使う作戦が取られているようですが、カレー皿とスプーンを含む図形の付加された「ICHIBANYA」なる商標は、万国で通用する商標です。

この商標によって株式会社壱番屋の商標は、完成されたと言えるでしょう。

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以上からして、株式会社壱番屋は、”イチバンヤ”という称呼を大切にしていることがわかりますが、称呼ではなく、”壱番屋”という意味を打ち出す商標戦略もありです。

つまり、「カレーならここがいちばんやで!」の当初の熱い思いを、日本人以外にもわかるようにして伝える戦略です

この戦略において、「カレーならここがいちばんやで!」を英語翻訳しても商標としては馴染まないでしょう。また当然なことでしょうが、株式会社壱番屋はこのような商標例を示してくれていません。

そこで本稿筆者が、自らで考えてみました。それを示します。本稿筆者は、これもグッドのように思いますが、どうでしょうか。

商標(仮)

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7.渾身の思いを込めて商標をつくり、この商標を商標登録して守る

全ての企業にとってビジネスの旗印である商標は大切です。株式会社壱番屋の商標は、このことを端的に教えてくれています。

株式会社壱番屋の商標からは、カレーはここがイチバンやという熱い思いが端的に伝わってきます。

渾身の思いを込めて商標をつくり、この商標を商標登録して正当な権利とし、これを強いブランドに育て上げる。これが商標登録・ブランド戦略の正道です。

殆どの親は、赤ちゃんが生まれる前に、赤ちゃんの名前を一生懸命に考えます。そして、この世に生を受けた殆どの人は、自分がこの世に生を受ける前に、自分以外の者が命名した名前を一生使い続けます。

これと同じように、人は新しいビジネスを考えたとき、新しいビジネスを始めようとしたとき、新しい商品を考えたときに、最初に名前を考えます。

この名前に熱い思いを込め、これを育てます。ただし商標登録されていない商標は、赤ちゃんと同様、無防備です。

ウィキペディアによると、「カレーハウスCoCo壱番屋」の創業は、1978年です。最初に商標登録出願されたのは1992年ですので、この間はいわば赤ちゃんと同様、無防備な状態でした。

しかし、日本国商標法が飲食業などのサービスに付する商標を保護対象に加えたのは、1991年4月であるので、1991年4月以前は、サービス業にかかる「カレーハウスCoCo壱番屋」商標は登録できなかったのです。

それゆえ株式会社壱番屋は、そこそこ早い段階で「カレーハウスCoCo壱番屋」(下記)を商標登録し守っていたことがわかります。

商標1
商標2

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8.海外進出する際に留意すべきこと

「カレーハウスCoCo壱番屋」などの商標は、日本語で表記された商標で、かつ個性の強い商標です。それゆえ、同一ないし類似する商標が外国に存在するということは少ないでしょう。

しかし、必ずそうとは言えません。目先の利く第三者が先回りして外国で商標登録してしまうおそれもあります。

自社が日本国で長年使用している商標であれば、外国でも当然に自由に使えるだろうと思っておられる企業経営者がいらっしゃいます。しかしそうではありませんので注意が必要です。

特に図形商標や英語表記の商標の場合は、進出予定国に同一または類似した商標が存在する可能性が高いのですが、自社商標と同一または類似する商標が当該国に存在する場合、たとえ日本国で長年使用してきた商標であっても、その国では使用できないことになります。

したがって、海外進出を予定している場合は、少しでも早く自社商標や使用を予定している商標を進出予定国に出願し、安心して使える状態を確保しておく必要があります。

この場合、進出予定国が複数あるときは、国際登録出願制度を利用するのがよいでしょう。多数国での商標権の取得が少ない費用で可能になるからです。(参考;https://www.ipfrontier.co.jp/trademark-rights-overseas/

9.おわりに

「食」に関するサービス業の場合は、海外展開において製品・商品とは違った困難さがあります。「食」はその国の文化と結びついているからです。

CoCo壱番屋はカレーの本場インドで、[CURRY HOUSE CoCoICHIBANYA]という旗印を高く掲げておられます。

[CURRY HOUSE CoCoICHIBANYA]は、インド文化に溶け込むことができるのでしょうか。

インドの人々に“カレーはココイチバンヤが一番おいしい”と認知してもらえるのでしょうか。

CoCo壱番屋が、カレーの本場インドで成功すれば、その手法はサービス業における海外展開のモデルとして、他のビジネスでも応用できるでしょう。是非に成功して欲しいです。

 

商標意匠相談室