素材のもつ良いイメージを利用して顧客訴求力のある商標をつくる方法

ローヤルゼリー/岩下の新生姜
ローヤルゼリー/岩下の新生姜

《1素材名、食材名、地域名を商標に取り込むことの是非

▼良いイメージをもった素材、食材、地域などの名称をそのまま商標としたり、それらの名称を商標に含ませることにより、手っ取り早くその商標の顧客吸引力を高めることができる場合があります。

それゆえ商品の製造者や販売者は、このような名称を使用した商標やそれらの名称を含む商標を自己の商品に使用したいと考えます。

▼しかし、素材・食材の名称は、商品の品質・原材料・効能・用途などを表す機能を持っていることがあり、この場合はこれらの名称の商標を出願しても登録拒絶となります(商標法第3条第1項)。

また素材・食材の名称は、普通名称であったり、自他商品識別性がなかったりする場合があり、この場合は商標としての機能を果たしませんし、出願しても当然に登録拒絶となります(同上)。

▼また、素材・食材の名称を含む商標についても、品質誤認を生じる恐れがある場合は拒絶されます(商標法第4条第16号)。

地域名からなる商標や地域名を含む商標についても、商標として識別性の有無や、公序良俗の見地、他人の業務に係る商品と混同を生じないかどうか、商品の品質の誤認を生じないかどうかの見地から判断されるので、拒絶される可能性が高いです。

▼訴求力をもった素材、食材、地域などの名称を取り込んだ商標を使用することにより、手っ取り早く商品の顧客吸引力を高めることができます。

その一方、訴求力をもった素材等の名称は、訴求力が大きければ大きいほど、特定のイメージが強固に化体されているので、このような名称を取り込んだ商標が付された商品は、顧客の幅(顧客の広がり)を広げにくいという問題があります。

▼このようなことから、素材・食材名や地域名などの良いイメージを利用しようとする商標戦略、ブランド戦略は意外と成功させにくくいのです。

本稿では、素材・食材のもつ良いイメージを利用する商標づくりについてさらに考えます。

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《2素材等の名称を含む商標はどのようにすれば商標登録されるのか

▼良いイメージが定着している素材(食材)を例示すると、レモン、たまご、牛乳、ローヤルゼリーなどが上げられます。

▼レモンには、爽やかなイメージが定着しています。また卵や牛乳は、栄養価が高く、ミネラルも含まれるので、元気でポジティブなイメージが定着しています。

更に、ローヤルゼリーは、ミツバチの群れの中のたった一匹の女王バチのみが食べるものであるので、栄養価に優れた魔法のような作用をもったものというイメージがあります。

▼ローヤルゼリーのこのイメージは、強力な顧客吸引力を発揮します。それゆえに、この吸引力は、「食」以外の分野においても利用されています。

▼例えば、「化粧品」に『ローヤルゼリー化粧品』とネーミングしたり、「せっけん」に『ローヤルゼリー石鹸』とネーミングした場合、消費者はこの化粧品等を使用すると、ローヤルゼリーの作用で美しくなれるにちがいないと思います。

すなわち、ローヤルゼリーに対する良いイメージが、当該「化粧品」や「石鹸」に対する顧客吸引力を高めます。そうでない場合に比べ、売り上げが伸びることが予想されます。

▼それゆえ、化粧品や石鹸の製造者・販売者は、「ローヤルゼリー」という用語を用いた商標を登録したいと思います。

ただし、上記した『ローヤルゼリー化粧品』や『ローヤルゼリー石鹸』は、出願しても商標登録されないでしょう。これらは普通名称の組み合わせであり、自他商品識別力がないからです。

それならば「ローヤルゼリー」を含む商標は、どのようにすれば商標登録されるのでしょうか? 

▼「ローヤルゼリー」を含む登録商標を調べると、多数の登録商標が存在していることがわかります。

例えば、『林原ローヤルゼリー』が登録されています(株式会社林原;登録4734846)。

森永ローヤルゼリー』が登録されています(森永製菓株式会社;登録4635013)。

「漢薬栄養飲料ローヤルゼリー」にかかる下記画像商標が登録されています(日興薬品工業株式会社;登録4496351)。

この他にもローヤルゼリーを含む商標が幾つか登録されています。

 

ローヤルゼリー

 

▼これらの商標が登録されている理由は、「林原」や「森永」という言葉や上記図柄には、普通名称ではなく且つこれらの商標登録にかかる【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】が、ローヤルゼリーを含む商品に限定されているからです。

▼より詳しくは、『林原ローヤルゼリー』は、ローヤルゼリー入りのせっけん類,ローヤルゼリー入りの歯磨き,ローヤルゼリー入りの化粧品,ローヤルゼリー入りの香料類に指定商品が限定されています。

また『森永ローヤルゼリー』は、 野菜・果実を主原料とし、ローヤルゼリーを配合した粉状・粒状・錠剤状・液体状・ゼリー状の加工食品に指定商品が限定されています。

また「漢薬栄養飲料ローヤルゼリー」にかかる上記画像の商標は、ローヤルゼリー入り清涼飲料・果実飲料・飲料用野菜ジュースに指定商品が限定されています。

▼つまり、これらの商標を付する商品は、ローヤルゼリー入りの商品に限られるという条件付きで商標登録が認められているのです。

それゆえ、“看板に偽りあり”とはならないのです。このように制限を加えているのは、品質誤認を生じさせる商標は需要者の利益を害し公益性に反するという公益保護の観点からです。このことを踏まえた上で、少し話を脱線させます。

▼ローヤルゼリーは、女王バチのみが食べることのできる特別な貴重な食べ物です。これが女王バチの美貌と活力を支えています。

しかして、絶世の美女と言われたクレオパトラは、多くの人が飢えに苦しんでいる時代にあって、貴重な栄養源であるヤギの乳を風呂に入れ、この風呂に入っていたと言われています。

クレオパトラは、きっとヤギ乳の風呂には、素肌の美しさを保つ効能があると信じていたのでしょう。

▼ヤギ乳に美肌効果があるのであれば、ギュウ乳にも同様な効能があるだろうと現代の美女(美男)は考えます。

それゆえ牛乳風呂に入りたいと考えるでしょうが、食料が豊かな今日においても、牛乳風呂に入るのには抵抗があります。これに代わるものを求めます。

▼ここにおいて賢人が思いついたものが、牛乳でつくった石鹸です。石鹸は直接肌に触れるものなので、牛乳でつくった石鹸であれば、泡で優しく素肌を包み込んでくれます。

ヤギ乳の風呂に劣らない効果がありそうです。資源の無駄遣いといった罪悪感もないので、もっと美しくなりたいという美女(美男)の購買欲を刺激します。

▼ということで(ということだろうという想像ですが)、『牛乳石鹸』という商標が、大正3【1914】年 10月 22日に、第3類せっけん(日本薬局方の薬用せっけんを除く)、及び第5類日本薬局方の薬用せっけんを指定商品として出願されています。

そして、同年11月19日に商標登録され、現在も生き続けています(牛乳石鹸共進社株式会社;登録0069105)。

▼この事例において、注目していただきたいのは、『牛乳石鹸』の指定商品が単なる「せっけん」と「薬用せっけん」になっていることです。

つまり、『牛乳石鹸』は、その原材料が牛乳でなくともよく、また牛乳が全く入っていない牛乳石鹸でもよいのです。

保存性の点からして、石鹸に牛乳を入れることは難しいと思えるので、実際上、牛乳石鹸に牛乳は入っていないと思われます。

▼そうであるとすると、『牛乳石鹸』なる商標は、品質誤認させるおそれがある商標といえそうです。

なぜ『牛乳石鹸』の【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】が、牛乳を含む商品に限定されないで登録されたのでしょうか。

▼おそらく、この商標が登録された1914年代には、このようなことが問題にされなかったのでしょう。これが時代に合わせて審査基準が変化する商標の特性です。

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《3新商品の名前/「岩下の新生姜味」塩焼きそば

▼ここからは、現代における話題です。

2020年6月29日に、サンヨー食品から、カップ焼きそばの新商品、「岩下の新生姜味」の塩焼きそばが発売されました。

岩下の新生姜味の画像

(画像はサンヨー食品のwebサイトより)

▼上記画像「岩下の新生姜味」に示すように、この商品は、容器の中央に「岩下の新生姜」という文字が大きく描かれています。

よって、パッと見には、この塩そばには新生姜(の漬物)そのものが入っていると受け取ります。いうならば品質誤認の恐れありです。

ただし、「岩下の新生姜味の塩焼きそば」は、商標登録されていないので商標法上の問題はありません。

▼この塩焼きそばには、岩下の新生姜そのものは使用されていません。使用されているのは、岩下の新生姜に使用する生姜から作った生姜粉末です。

そしてこの生姜粉末は、焼きそば用ソースに入っているのだそうです。

なお、岩下の新生姜(文字)は商標登録されています(登録6288997)。

▼このことを知ると、容器中央の「岩下の新生姜」の右横に描かれた小さな「味」の意味が少しわかってきます。

しかし、「岩下の新生姜」の文字が容器の中央に大きく描かれている意味が、まだ理解できません。

「岩下の新生姜」は生姜の漬物の商品名であり、塩焼きそばの名前ではないからです。

▼岩下食品株式会社は、「岩下の新生姜」というネーミングの商品を何種類か販売しており(https://www.iwashita.co.jp/products/shinshoga/)、その中に焼きそば専用の新生姜という商品があります(2020年6月1日から販売)。

この焼きそば専用の新生姜という商品は、本件と同様、容器の中央に「岩下の新生姜味」が目立つように表示され、その右横に目立たない文字で「焼きそば専用」と表示されています。

▼この商品は、岩下の新生姜を千切りにカットし、焼きそばに合うよう仕上げたというものであり、キャッチフレーズは “やさしい辛味と爽やかな風味、シャキッとした食感が焼きそばのおいしさをパワーアップします”となっています。

▼岩下食品株式会社の「岩下の新生姜」は、32年以上の歴史を有する知名度の高いブランドですが、「岩下の新生姜」(文字)についての商標登録出願がされたのは最近(2019年7月3日)です。

この商標登録出願の指定商品は、生姜の漬物(29類)、野菜の漬物(29類)、飲食料品の小売又は卸売りの業務において行われる顧客に対する便益の提供(35類)、食料品の加工(40類)です。


▼岩下食品株式会社が「岩下の新生姜」を2019年7月3日まで商標登録出願しなかったのは、「岩下」は会社名の一部であり、「新生姜」は一般名称であるので、その必要がないと考えていたのでしょうが、岩下食品株式会社の新生姜が次第に人気を有するようになり、これをブランド化しようとしたのではないでしょうか。

▼生姜を使った一連の商品のパッケージに、「岩下の新生姜」を付するという商品企画は、長年積み上げてきた「岩下の新生姜」に化体した良いイメージ、例えば、フレッシュな味わい、やさしい辛さ、などの良いイメージや食体験を横展開しようとしたのでしょう。

そして今回取り上げたサンヨー食品のカップ焼きそばは、このような「岩下の新生姜」の好印象をカップ焼きそばに取り込もうとしたように思えます。

▼なぜなら、上記の右側画像に示すカップ焼きそばは、容器の中央に大きく写真付きで「岩下の新生姜」が表示されており、新生姜をイメージするピンクが全体的に使われています。

その一方、商品そのものを表す「塩焼きそば」の文字は、小さく表示され、更に塩焼きそばの製造メーカであるサンヨー食品のロゴは左上に小さく表示されているからです。

▼すなわち、パッケージデザインは、カップ焼きそばの出所(製造販売元)が「岩下の新生姜」であるかのごときに描かれています。

▼インスタント焼きそばの製造会社であるサンヨー食品と、生姜製造会社である岩下食品の双方の意向は、部外者にはわかりませんが、このような容器デザインを見る限り、「岩下の新生姜」に対する食体験からする好イメージを、焼きそばの需要拡大に利用しようとする作戦のように思えます。

《4まとめ

▼前記した「ローヤルゼリー」や「牛乳」を取り込んだ商標は、素材のもつ良いイメージをそのまま利用するブランド戦略・マーケティング戦略です。

▼他方、「岩下の新生姜味・塩焼きそば」は「塩焼きそば」のイメージから離れた「新生姜」を前面に押し出すというちょっと変わったブランド戦略・マーケティング戦略です。

▼「岩下の新生姜味・塩焼きそば」は自らで訴求力や知名度を高めた「岩下の新生姜」を、他の商品に横展開し、新たな需要を喚起しようとする戦略のように思えます。この戦略は色々な分野で使えそうですね。

 

商標意匠相談室